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光クラブ事件の概要と真相は?東大生山崎晃嗣の生年月日と日記や遺書の内容とは! [爆報!THEフライデー]

9月23日(金)放送の『爆報!theフライデー』で特集される
光クラブ事件」と呼ばれる事件をご存知でしょうか。


これは1948年にある東大生が起こしたとされ
東大の黒歴史とまで言われる事件なのだそうです。


今回は、この事件の概要や真相と首謀者である
山崎晃嗣(やまざきあきつぐ)が残した日記や遺書に
何が書かれていたのか調べていきたいと思います。




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「光クラブ事件」の概要と真相


1948年9月、東大生の山崎晃嗣は東京中野鍋屋横町で
金貸し業「光クラブ」をはじめます。


その会社は山崎晃嗣を社長として、他の専務や常務なども東大生や
医科大生、中央大生が務めていたため、学生が経営する会社として
当時話題になりました。


さらに、新聞や電車に斬新な広告を出し投資家たちを集めていたので
莫大な資金を得ることができたのです。


元々山崎晃嗣にはビジネスの才能があったため
開業して4カ月がたった1949年1月には銀座に進出し
資本金400万、社員30人にまで成長していた光クラブ。


しかし同年7月に、山崎晃嗣は物価統制令違反で逮捕され
2カ月後には処分保留で釈放されるも投資家たちの信用を
失ってしまい、3000万円という借金も残ってしまいました。


山崎晃嗣は業績が悪化した会社を立て直すために
会社名のみを変更し返済資金を集めようと最後には
株の空売りを試みるもことごとく失敗。



そして11月24日、3000万円の債務が不履行のまま
山崎晃嗣は青酸カリを飲んで自殺。


27歳という若さだったそうです。



簡単にまとめると、学生の貸金屋が金儲けに溺れて
捕まった末、金と信用を失ったまま自ら命を
絶ったということでしょうか。


山崎晃嗣は東大生だったということもあり
相当頭も良かったと聞きますし、警察に
逮捕され取り調べの時には法律論争に持ちこみ
不起訴処分で釈放されているのでかなり
悪知恵の働く人物だったそうです。





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山崎晃嗣の生年月日と日記・遺書の内容


山崎晃嗣とは

1923年10月、千葉県木更津のある家庭の
五男として誕生。
(正確な誕生日は不明のようです)


父は医師であり木更津市長、母は音楽家という
地元でも有名な名家出身で、兄3人も医師に
なったそうです。


高校は旧制木更津中(現・千葉県立木更津高校)から
一高を経て東京帝国大学法学部へ進学。


山崎晃嗣は東大に進学するために、1日15、16時間の
猛勉強をしたそうですから、天才だっただけでなく
努力することも知っていたんですね。


しかしせっかく東大に進学したのに学徒兵として
軍に所属させられ幹部候補生を経て陸軍主計少尉に就任。


終戦後は上官命令で食糧隠匿を命じられましたが
密告したため横領罪で逮捕されてしまいました。


また、戦時中には一高時代の同級生を
上官の私的制裁により亡くすということも
あったそうです。


軍人時代にこのようなことを経験したため
人間不信な性格に変わっていった山崎晃嗣。


その後東大に復学してからは、すべての科目で
優を取るべく猛勉強し、勉強や睡眠、性行為まで
分刻みのスケジュールを日記として記録していきました。


山崎晃嗣が残した日記には他にも、終戦の頃の
軍人将校や大学での成績についてバカらしいと
記されていたそうです。


女性関係も派手だった山崎晃嗣には、当時6人の愛人がいて
その生々しい性生活の様子も詳細に記述。


そんな生活を送っていたため、愛人の1人葉子という女性から
「あなたは人の誠意がわからない人」と非難されましたが
「誠意とはいいわけと小利口に逃げることである。
私の誠意を見てくださいという言葉ほど履行されぬものはない。
人は合意にのみ拘束される」と一蹴。


まあ、現代でこんな発言をしたらゲス扱いされて
ネットでズタズタになるまで叩かれるけど
当時は金さえあれば学生だろうと何人でも
愛人を囲えた時代だったんですね。


この習慣は亡くなる直前まで続いていたとあります。



よく言えば合理主義、悪く言えばエゴイストであった
山崎晃嗣は、自分が逮捕され背負った借金を返せず
自ら命を絶ちますが、このような遺書も残されていました。


遺書には

1.御注意、検視前に死體(体)に手をふれぬこと。法の規定するところなれば、
京橋警察署にただちに通知し、検視後、法に基き解剖すべし。死因は毒物。
青酸カリ(と称し入手したるものなれど、渡したる者が本當(当)のことを
いったかどうかは確かめられし)。死體はモルモットと共に焼却すべし。
灰と骨は肥料として農家に賣(売)却すること(そこから生えた木が金のなる木か、
金を吸う木なら結構)


2.望みつつ心やすけし散る紅葉理知の生命のしるしありけり


3.出資者諸兄へ、陰徳あれば陽報あり、隠匿なければ死亡あり。
お疑いあればアブハチとらずの無謀かな。高利貸冷たいものと
聞きしかど死体さわればナル……氷カシ(貸─自殺して仮死に
あらざる証依而如件 よってくだんのごとし)。


4.貸借法すべて青酸カリ自殺。晃嗣。午後一一時四八分五五秒呑む、
午後一一時四九分……


という内容が記されていました。



自殺する方法や遺体の取り扱いまで事細かに
書いていたなんて本当に几帳面というか
言い方悪いですけど、いかにも東大生という
感じですね。






最後に


今回は今から70年近く前にあったという光クラブ事件と
その首謀者・山崎晃嗣の生涯について迫ってみました。


まあ、正直な感想を言わせてもらうなら
女たらしで嫌味なインテリ野郎というのが
本音ですが、彼が残した日記ノートには
さらなる謎が記されているそうです。



山崎晃嗣が東大生時代に光クラブを起業し
逮捕されてから命を絶つまで何があったのか。


爆報!theフライデーでこれらの謎が解明されることを
期待しましょう。



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